なんかの夢

隙あらば自分語り

24歳モガヘアー主婦!!!!!!

お魚くわえたどら猫を追いかけるために、靴を履き忘れて裸足でかけてしまったり、

買い物に行くのに、財布を忘れてしまったりとか、

私って、昔からドジなことが多いんです😅

周りからは、「陽気」とか「愉快」とか言われてたけど、自分ではずっと気にしてて...。

 

そんなことをママ友に相談したら、「精神科医に診てもらったら?」と言われました。

「え?精神科医?なんで?」と思いつつも受診。そこで衝撃の事実を知りました!!

 

実は私....

 

ADHD

だったんです!!!!!

 

確かに、言われてみればADHD傾向が出てたかも...と思う出来事がいくつも思いつきます😔

 

そして、弟であるカツオも、多分そうなんじゃないかと私は思ってます。

遺伝の影響は少なからずあるそうですね!

なら、息子のタラオは大丈夫だろうか...と心配になってきました...。

どうしよう、どうしよう。

あっ、母さんが呼んでる!そうだ!!肉じゃが煮込んでる途中なんでした!!

焦げないで〜!!

珈琲

【1章】
貴方に出会ったのはずっと昔だった。

苦いとも辛いともつかないがなんだか受け入れない後味で、僕は貴方をすぐに嫌った。

それから貴方と出会っても避ける日々。

けど、時折急に貴方を思い出してしまう。

そして、僕は貴方を一度受け入れようと思った。出会った頃から僕は随分と成長していた。

が、やはり、好ましくない。

しかし、ここで避けては昔と同じ。

僕の好きなようにアレンジしながら、僕の中に流し込む。

最初は嫌いだと思っていた不思議な後味を、僕は理性ではないどこかで求めるようになっていて、

どうにもつかない感情に襲われた。

感じたことがあるような内容なそんな...果たしてこれは...

そして出た答えは「恋」

そう、これは恋だった。

今日、僕は、珈琲に恋をした。

 

【2章】

私は、まず最初に何も入れずにそのままの君を味わう。

体に流れ込むどうにも良いとは思えない液体。

しかし、それが君の本性なのだと一気に飲み込む。

飲み込んだ後私は思うのだ。

もう一度。と。そして、もう一度口に含むと、やはりまた体が拒否する。

しょうがない。と思い、私は君を私色に染め上げる。

少しずつ砂糖とミルクを加えていく。君の色が少しずつマイルドになっていって、私に近づこうとしてくれる。

まだ君になれない私は、見よう見まねでブレンドするため、時より私とずれてしまう。

しかし、その感触でさえ愛おしい。

君はいつも違う表情を見せてくれる。

その全てを愛しながら、ピッタリと当てはまるところを見つける。

やはり君が好きなのだ。

君と出会うと、私はどうしようもない背徳感に襲われる。

そして、同時にどうしようもなく君が私だけのものになることを望む。

その闇さえも。その真っ黒な部分さえも私ならば愛することができると思うのだ。

 

 

【3章】

もう、私とあなたが出会って3回目。

砂糖とミルクの量を間違えることもなくなった。ぼんやりと沈む視界の中で、もう慣れた君を受け入れながら眠りに落ちた。

起きると時は酷く流れていて、周囲の情景は様変わりしていた。しかし変わらずそこに鎮座する君の存在に安堵する。君はすっかり冷えてしまっていたが、変わらない風貌で佇む。

寝起きの眩む視界の中で、君だけを得て君だけを受け入れる。受け入れると鮮明になっていく視界に私は少々悲しみを覚える。君と僕しかいない世界が遠のくようなそんな気がして。

行かないでとばかりに私は次から次へと君を流し込む。

そこには最初感じていた抵抗感など微塵もなかった。

しかし、行かないでと言っても有限。

愛してるよ、また今度。と別れを惜しみながら、丁寧に最後の一滴を流し込む。

きっと君は私の中にいる。だから悲しくないとわかっていながらも、君を失うのが惜しくて私は一滴、涙を流してしまったのであった。果たしてその中に君はいくら含まれていただろうか。なんだかそこに君がいる気がして、その涙をまた、私の中に入れ込んだのであった。

I

最後は一気に煽るのが好きなんだ。ずっと、ちびちびと飲んでいたから。

最後ぐらい一気に。そしたら、今まで少ししか感じられなかった流れ込んでいく感覚が、より鮮明に感じられる。ドクドクと私の中に入っていく。それがたまらなく好きだ。

 

 

【4章】

コーヒーは背徳の味がする。

平日の朝から、一番安いからという理由で、飲めもしないコーヒーを頼んでいたことを思い出す。

苦いという言葉だけでは、表しきれないような、私の苦しさに寄り添ってくれる、そんな味に魅了されてもう2年。

彼に恋して、もう2年。

久しぶりの逢瀬である。

 

 

 

【5章】
貴方を選ぶのは、いつも打算的な考えからだった。今日もそう。

初めは躊躇していたけれど、もう淀みなく選べるようになっていた。

慣れた手つきで、砂糖を半分、ミルクを全部入れてかき混ぜる。

見知った色、見知った味に変わった貴方を、何の新鮮さも感じないまま流し込む。

あの頃のドキドキも、あの頃のワクワクももうどこかに消えてしまった。

もう貴方のことを苦いとも苦しいとも愛おしいとも感じなくなっちゃった。

そう思いながらも、貴方を見るたびに貴方の思い出を語ってしまう。

でも、きっと、思い出でしかない。

最近では、私の体が彼のことを拒むようになっていた。

彼を流し込んだ後に、感じる胃の痛み。

最初は、何かの間違えかとさえ思った。そう信じたかったけれども、長くは自分を騙すことができなかった。

感情で拒んでいた貴方をやっと受け入れることができるようになったのに。

貴方に恋して、もう3年も経った。いや、まだ3年しか経っていないのに。

身体でも拒み、感情も冷めてしまった私の目に映るのは、ただの飲み物としての「コーヒー」だった。

 

 

 

 

以上、マクドナルドのコーヒーSサイズによせて。

読書後の排泄あるいは嘔吐 『火花』をよんで。

今更、又吉直樹の「火花」を読んだ。

文庫本化してすぐに購入したので、購入からもう1年以上は経っていると思う。最近は、特に芸人(しかも若手)のネタを見ることが増えたし、なんとなく読書がしたいなと思っていたので、やっと読むに至った。

この記事は、前半は「火花」についての個人的な感想、後半は私の読書に関する感覚を書くつもりでいる。どうでもいいか、そんなこと。

ネタバレガンガンに含みますので、注意してください。あらすじとかは書きません。

 

「火花」を読むにあたって、スピードワゴンの小沢さんが、「金属バットは火花に出てくるコンビみたいだね」と言ってたのが印象に残っていて、何度も金属バットの顔が読みながらちらついた。

そのせいか最初の方は、神谷が友保に見えてしょうがなかったけど、あとの方では完全に「神谷」と「徳永」という存在が脳内に生まれていてどうしようもなかった。

それに、又吉さんが書いていることもあって、最初の方は文章からあのロン毛のクルクルの又吉さんがちらついてしょうがなかったが、いつのまにかそんなことはなくなっていた。

いまだに、純文学がどうとかはよくわからないが、人間が人間をしている姿が鮮やかに描かれていて、どうしても読みながらドキドキしてしまった。

神谷にあこがれる徳永の気持ちがなんだか痛いほどにわかってしまって、一つ一つの彼の感情がそのまま自分にも乗り移ったような感じがした。神谷がどんどんと落ちていって、なれの果てに絶望するところなど、もうなんだかこっちも強い絶望を感じて泣いてしまった。でも、やっぱり神谷への憧れはぬぐえなかった。徳永も私も。

神谷は、馬鹿真面目に阿呆をやっていて、決してうまく生きていないけどすごく純真に生きていた。本当に、誰がそんな人生に憧れずにいられるんだろうか。

また、徳永と神谷の会話も、ありふれた会話とは確実に違う雰囲気があって、すごくいいなと思った。すごくいいなと思ったとぐらいにしか形容できない自分が辛いところだけど。

 

あと、私は芸人というものがすごく恐ろしくてすごくかっこいいと思っているので、さらに感情移入して読むことができた。

人を笑わせることを大真面目に考えることができるって本当に一握りの人間にしか不可能なような気がする。何が面白いかなんてよくわからないし。

「お笑いを解剖したらお笑いが死ぬ」なんていう言葉をどこかで聞いたことがあるけど、彼らはいつも解剖して構成だとかを考えて、でも自分の奥底で面白いって感じる感性も信じてネタを作って披露してるんだと思うと、なんかもう本当に別次元の人たちみたいだ。

 

閑話休題

結論(?)として、ずっと寂寥感の漂う小説ではあったけど、どこか少年漫画並みの熱さと青春を感じた作品だった。そして、「神谷」と「徳永」、それを囲む人間たちはしっかりと脳内に住み着いてしまうほどにしっかり人間だった。

 

 

と、後半戦。

前半も大いに自分語りだったが、後半はさらに自分語りだ。

私は、この「火花」を読むのに4時間ぐらいかかった。171ページの「火花」を。途中で、4,5回嗚咽を挟んだ。私は、いつだってそうだ。

年を取って、涙腺が弱くなっているのは確かではあるし、今日は特に精神が崩れていてどうしようもなかったのもあるけど、フィクションに触れるといつも泣いてしまう。

 

自分が自分の人生を歩んでいることがどうしようもなく醜く感じられてしょうがないのだ。

フィクションに触れて、新しい世界に触れて、私はもう完全にそのフィクションの中に入り込んでいるのに。その世界は一つもここに存在してない。顔を上げると、自分が自分のセンスで選んだものが並んでいて、何も変わらない日常が変わらないで存在していて、結局自分は自分で変わらないことがもう気持ち悪くてしょうがない。

結局、フィクションの中に入れない自分が惨めでしょうがない。本を読むと、必ずと言っていいほど、今の自分を否定したくなるし、今まで生きてきた十数年間をぶち壊したくなる。

私が、もっと喜ばれるような素敵な人生を送っていたらこの惨めさは解消されていて、気持ちよく読書を楽しめていたかどうか、それはわからない。

 

高校に入ったぐらいから、どう考えても私は読書に向かない人間なのではないかと感じるようになった。

まず、単純に読むのが遅い。集中力が微塵もない上に、すぐに自分に繋げて別のことを考えてしまったり、そうやってフィクションにまで顔を出す自分が気持ち悪くてしょうがなかったりしているとページが全然前に進まない。

それに、本を読むことは、この世に存在し得ない素晴らしい世界を、美しい人間たちを知る行為だ。そんな世界を人間を、どんなに愛しても虚構でしかない。毎回、その現実に辛さを覚えてしまう。

ただ人が文字を綴っただけなのに。馬鹿みたいに現実だと錯覚してしまうのだ。

やっぱり、フィクションは現実より素敵で理想で鮮やかで、だから本当に現実にいる自分が汚くて惨めで何者でもないのがどうしても辛い。

本を読むたびに、自分という存在をグチャグチャにしてゴミ箱に捨ててまた新しく生み直したいと思って泣くのを続けていたらどうも身が持たない。

 

1年に何十、何百冊も読める人たちは、どうやってそんなに本を読めるんだろう。

たくさん本を読む人は、きっと食事みたいに、本を読んでしっかり消化して自分の栄養にして、次の食事に向かっている。

おそらく、私は、まだ消化器官が出来ていなくて、正しい本の読み方がイマイチよくわからないままで、毎回消化しきれずほとんどを嘔吐してしまっている。

いつの間に、こんなに読書が下手になってしまったんだろう。

 

終わりが見えなくなってきたのでここでおしまい。本を読んでいる途中は、何か色々と浮かんできていたけど、もう忘れてしまったし、深夜の死にかけの脳じゃ文字も綴れないらしい。

 

今日のカウンセリング(?)で、「なんで早く寝れないんですか?」と言われてしまった。

私は「意志の弱さですかね」と答えるしかなかった。

今日こそは早く寝るぞと思った。本を読んだ。この思いを文字に綴らないとと思った。いつのまにか5時だった。

 

文字に綴ると腐敗して吐きそうなほど気持ち悪い自分語りでしかなくて、なんなんだろうこれはと思って、まぁ排泄物とか吐瀉物ほどの汚さであるから、看板には偽りなしだなと感じつつ。

 

全削除したい衝動を、2500字書いたのにという勿体無さで拭って。

はー、本当に、いつになったら「私」をやめられるんだろうか。

もっと破天荒で純真な神谷みたいな人生を歩みたかったんだ、僕は。

 

 

 

 

 

 

 

電波時計が狂った

電波時計が狂った。

電波なのに。

部屋に帰ると、秒針が31秒と32秒の間を行き来していて、その動きは正直とても気持ち悪かった。

電池切れだと、気づいた私は電池を入れ直した。

すると、秒針は元通り動き出した。

正常に作動していなかってであろう約35分の遅れを一切取り戻すことをせずに。

「電波受信」のボタンを押すと、電波を正しく受信したということを示す「ok」の文字が現れる。

約35分の遅れをそのままに。

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↑OKという文字が出ているのにも関わらず「正しい時間」を指さない電波時計

 

ここで、私はある可能性を思いつく。

電波時計が遅れているのではなくて、携帯電話の時計が早すぎるのではないかと。

「本当の時間」なんて言うのは、そもそも可視化されていない。

この日本にある時計の多くが指している時間が、「本当の時間」として扱われている。

電波時計という一般に「本当の時間」を指すとされている時計が狂った今、どうして私は時間という存在の絶対性を信用できるだろうか。

私は、もしかして、ずっと、約35分早い時間で生活していたのではないか。(ここで“早い”という表現を使ったが、そもそも何に対して“早い”のかはもうわからなくなっている)

 

ここで、信用できるものは何か。

皆さんは知らないかもしれないが、私は昔「本当の時間」をステキなお姉さんが教えてくれる電話番号を聞いたことがあった。

その番号は「117」

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都市伝説まがいの話だと思っていたが、

電話をかけてみると、そのお姉さんは、はっきりとした声で携帯電話の上部に書かれた時刻と全く同じ時刻を教えてくれた。

「午後8時59分40秒をお知らせします」と言って。

 

どこまで、このお姉さんが信用に足るものかはわからないが、

このお姉さんと携帯電話という2つが支持(指示)する時間と、電波時計という1つが支持する時間であれば、

単純に2:1で、前者が信用性は高いだろう。

 

今回私は、携帯電話に書かれた時間を信用することにした。今後もきっとそうやって生きていくだろう。

もしかしたら、これは間違えだったかもしれない。

数年後、いや数十年後。私は、この選択のせいで、なにかの不利益を被るかもしれない。

しかし、私は天文にも潮の満ち引きにも精通していない。

私は、携帯電話や時計と言った人間の作り出したものでしか時間を知ることができないのだ。

機械に囲まれて育った現代っ子の悲しい末路とでも言えよう。

 

皆さんは、一体何を信じて生きているのだろうか。

「寝坊」というが、時計が先走りすぎたという可能性はないのだろうか。

真実がわからなくなったら、電話をかけてみてほしい。「117」に。

もしかしたら、もうかからない番号となってしまっているかもしれないけれど。

時間を教えてくれたあのお姉さんは、どこの誰で何という名前なのか。私はまだ知らない。

それでも、不思議と私はあのお姉さんの発言を信じる気になった。

だから、みんなも。嘘だらけのこの世界で、真実に迷ったら。

「117」と打って、発信ボタンを押してみて欲しい。そう思うのだ。

 

 

しんどみの鎌足

人生にあき竹城とかしんどいローム層とか適当な言葉ばかり思いついては、ぼんやりとしていて、いつの間にか泣いているみたいな日々が続くので、文字に挙げてみようと思います。

「生産性」のない記事です。文脈めちゃくちゃ。思ったことをそのまま出すだけ。適当なこと言ってるから、適当に流してくれ。

生産性なんて尺度で物を見たら、多くの人が抹消されそうなもんなのに、まだまだ才能がない人とか要領の悪い人とかは、馬鹿にされる風潮は残るんですよね。

みんな怖くないのかなぁ。

抹消されるで思い出すのは、バナナマンの「日本順番」ですね。YouTubeの動画は違法アップロードだから貼るのはためらわれるけど、見てみてね。私は1億番以内には入れないだろうから。ひっそり殺されるんでしょう。まぁ、設楽さんに殺されるなら本望か?

怖くないのかなぁっていうのはね、みんな人のこと悪口言うでしょ。「あの人、要領悪いね」とか「あの人ブスなのにね」とか「あの人、あんな張り切っちゃって。ばかみたい」とかね。

それ、自分に戻ってくるとか考えないのかなぁと思ってしまう。自分が人の悪口言っても言わなくても、どうせ自分が嫌われるのはわかっているけど、でも自分が言ったら他の人も同じことで私のこと責めていいんだよと容認してるみたいでどうも言えない。

 

はぁ、今さっきの話めんどくなったから終わり。ちなみに、皆さんは何で生きてるんですか?多分さ、私が病んでるとかそういうんじゃなくて、みんながまだ幻想を見てるだけなんじゃないかって思うんです。

だって、みんなどうして生きてるんです?よく辛いこととか悲しいこととか乗り越えてまで生きれるなぁって。私、今、数学と統計学の勉強のしたくなさとか木曜と土日のバイトへの行きたくなさで死にたいなって思ってます。まぁ、死なないんだけど。まぁ、とりあえず、勉強のしたくなさは2セメ終わるまで続くとすると、とりあえず2セメ終わるまでは、辛いまんまですよね。そこにレポートとかテストとかもあるし。お先真っ暗って感じ。

楽しいことがないかって言われるとそうじゃない。まぁ、よく推しに生かされてるっていうけど、推しに会う予定が幾つかたってる。でも、なんかそれは別に生きようって思えるほどじゃない。だって、それは死んで失うものじゃないし。得れないってだけ。

でも、その幸せを得て死んだ自分と得ずに死んだ自分って別に変らないじゃない?どうせ、死ぬだけだし。だから、別にどっちでもいいやって思う。

んーそう思うと、やっぱり生きる意味とかがあんまり見つからない。多分おそらくきっと、多くの人は「生きる意味がない」とか言ってる人を見ると「気持ち悪いな」って思うんだろなって思って、悲しくなるんだけど。

わかんないなぁ。みんななんであんなに幸せそうに生きれるんだろうか。そっちの方が不思議だよ。きっとみんなもともとは私みたいな感じなのに、いつの間にか幸せそうに生きれるようになってるんだもん。どうして、やりたくないことをやれるんですか?やらなきゃいけないってそれは本当ですか?わかんないなぁ。

現実逃避の手段として、「死」を引き合いにだしがちで、別に死にもしないのにただとりあえず精神だけをフリーズさせてるっていうのは重々承知で、つまりはただやりたくないことやらないために重い話をしてみてるクズなわけで。

こうやって自分の悪いところわかってますよアピールするのもなかなかに気持ち悪いな。ってね、思ったでしょ今?最初っからお先真っ暗。どの思考に走ったってどの主張をしたって「痛い」んですね。ずっとそう。辛いなぁ。

もっとまともな考えができるような人間になれなかったのかとよく考えるけど、どこで間違っちゃったのかなぁ。わかる人がいたら教えてください。

 

よく認知の歪みだーとかなんだとか言われるし、まぁ私も歪みに歪んでるなとは思うんだけど、ふと精神だけが健康で自己肯定力だけは異常にあるのに、どうしようもなく何もできないなんて人がいたらそっちの方が最悪だって思うんです。

認知の歪みを修正するって結局、現実を見ろじゃなくて、プラスに考えろだから、現実と向き合うとはわけが違う。現実がどんなに最悪で悲惨でも前向きにって。それ、本人ばっかりが覚めない夢を見てるみたいでちょっと悲しい。

前も言ったけど、それならなんもできない人はなんもできないんだから、ひっそりと死ぬのが賢明ド賢明。設楽統が「日本順番です。あなたは1億番を下回ってしまったので、消去しにまいりました」とか言ってインターホン鳴らす日はいつになるんだろうか。

ところで、設楽さんって下の名前「統」っていうんだぜ?最強じゃね?「統一」の統。強いカリスマ性で人を従えてしまうあの感じが名前に出ててほんとになんかマジで最強。

はい。落ちがない。やおいかな?あれ?これはやおい記事だったのか。突然BLとか始めたがいいのか?ん?よくわからんな。どうでもいいや。鬱落ちENDとか結構好きだから、そういうの募集してます。

 

そろそろ、記事を書くのにもあき竹城というか頭が痛いよう胃潰瘍なわけですが、手がとまるんじゃねぇぞ!って感じなので、ここからはもっとどうでもいいことを書いてしまう。

悪の教典のハスミンは、伊藤英明も最&高だったけど、長谷川博己でもよかったんじゃないか。長谷川博己verが見たいんだ。とか。そもそも、私は推しにサイコパスをやらせるのが好きすぎるので、長谷川博己高橋一生綾野剛滝藤賢一安田顕及川光博吹越満で7人の殺し屋みたいな映画してくれんだろうか。とか。娼年綾野剛verが見たくてしょうがないとか。そういうことを言ってしまう。

まぁ、よく思ってるんだけど、こうも脳内はごちゃついていて、話がいろんなところに飛ぶのに、人と話すときはちゃんとしてると思いませんか。えらいですね。えらいですよ。そういうところに体力がいるから、僕あんまりよく知らん人と会話ができんのですよ。すまんなぁ。私の知ってることとみんなの知ってることが違いすぎる。

何かがトリガーになって、私が思い出したことを誰一人として思い出してもないわけですよ。だから、ぼーっととりあえず話をきいて「そうだねー」っていうだけみたいな。そんな日常。でも話したいこともよくわからないし、それでいいやって思うわけです。

それに、自分の話を聞いてもらうって、なんかすごく責任が重くて怖い。しかも、どうでもいい話しかできない。なんで私と話すの?私の話を聞いていて楽しい?となる。でも、自己承認欲求だけはほかの人の何十倍も強いので、話したいという思いもある。

結局、自分の特にしたい話でもない話で、できればできれば盛り上がればいいなという話をしてみる。まぁ、そう、そんな感じでポヤポヤ生きてる。あれ?何が嫌だったんだっけ。もうよくわかんないな。

こんな文字綴るのに1時間もかけるなら、早く寝ておけよとそういうわけです。わかってるんです。知ってるんです。でもやっちゃうから困っちゃうよね。あらもう、やだやだ。ぎゅにょーん。と言えば、東京グランギニョルなわけですが…。んーこの話は今度でいいや。

あ、「飛び出せ!のりちゃんランド!」の話、いつかしようと思ってたけど、こんな3000字も読むような人なかなかいないし、また記事上げよう。

ここらへんになると突然、BLを始めて鬱ENDっていう短編小説を打っても、意味のない言葉遊びを始めてもしんどいローム層とか言わずに生きていけるんでしょう。

はー、だってさ、しんどみの鎌足ってなんだよ。大化の改新かよわけわかんねぇな。虫ご飯でも食ってろよバーカ。みたいなねそんな感じ。

よし、そろそろ終わろう。おわローリンローリン。ロンリーロンリー。

終わり方がよくわからない?そんなあなたにはイーオンがおすすめ!お試しレッスンが10回もあるからあーんしん。だから選ばれ続けてナンバー4!

 

 

はい。これは、僕のおばあちゃんが言ってたんですけどね、「めでたしめでたし」って言えば、なんでもめでたくなるんだって。

 

めでたし めでたし 

人に迷惑かけないで生きる

 おはようございます。久々にブログを書いてみます。もちろん、自分語りです。私は、自分のこと以外を語ることができません。

みなさんは、自分語り以外の語りができますか?まぁ、どうでもいいんですけど。

 

私は常々、「人に迷惑をかけないこと」を重視して生きています。

正直、私が生きる上で一番重視しているのがそこです。そして、「人に迷惑をかけてしまうこと」が自分にとって、一番ストレスになることです。

そんなことを考えながら自転車に乗ってるときに、ふと考え付いたことがあります。

「自分の辛いこととか悲しいこととか、他人に相談するのって超迷惑じゃない?てか、他人にとってどうでもよくない?ひっそりと死ねよって感じじゃない?」と。

割とこれは、(自分にとって)正常な精神状態のときに思いついた、あくまでポップな考え方です。

 

何が言いたいかというと、「人に迷惑をかけちゃいけない」って強く思ってる人、人生詰んでね?ってことだ。(突然の常体)

うすうす気づいてると思うし、いや私もわかってるけど、他人に迷惑をかけないで生きることなんてまず無理じゃん。知ってた。

つまり、人に迷惑をかけないように生きようとしても絶対にどこかで行き詰る。それがストレスになる。でも、そのストレスは別に他人にとってどうでもいいことだよなと思う。特に、誰に言うわけでも無く生きる。また、ストレスがたまる。

この、エンドレスストレス貯蓄システム。やばい。絶対、生きにくい。

 

それに、「人に迷惑をかけずに生きる」戦法、完全に社会適合できない。

まず、人と深くかかわることを避けるので、一人ぼっちになる。

次に、働けない。バイトしてて感じたことだが、働いてたら絶対どこかで迷惑をかけてしまうのだ。客や上司、関係者の誰かには。それに対し、いちいち「辛い」とか「しんどい」とかいってたらマジで働けない。

 

一人で生きないといけないのに、まともに働けもしないやつがちゃんと生きれてるはずがない。私の場合、大きく両親に迷惑をかけながら暮らしている。

両親に、私の「迷惑」のしわ寄せがきているのだ。申し訳ねぇ。

 

「人に迷惑をかけないように」思考の人の生きづらさを書いたが、正直そんな人間は憐れみようがない。

 

そもそも、「人に迷惑をかけないように」と言う考え方、超絶おこがましいのだ。

人に迷惑かけてるんだから、かかってる方がストレス感じてるのに、かけた方もストレスだとか言いだしたら、本当嫌になっちゃう。

 

それに、「迷惑をかけちゃだめだ」思考の裏には、「嫌われたくない」とか「責任を負いたくない」とか「怒られたくない」とかの自己承認欲求とか自己愛の結晶が隠れている。

それを「人に迷惑をかけないように」とか、まるで良い人かのように言ってるあたりで、自尊心が見え隠れしている。とんだクズ野郎だな。

 

そんな、とんだクズ野郎がこれまで書いてきたわけですが、

実際気を遣いまくる人よりも、自由奔放に生きてる人の方が、本人も楽しそうだし関わる方としても楽だし、私は好きだ。

 

はー、なんてこったい。私は、とんだクズ野郎なのに(だから?)、人生は詰んでるし人にも好かれないような人間にいつの間にかなってしまっていたみたいだ。困ったなぁ。

 

てなもんで、みんなも適度に自分の好きなことやって好きなように生きて、ちょっと迷惑かけても「私はしあわせだからいいもん!」ぐらい自分本位で全然いいと思う。

もし、迷惑かけすぎたらハーゲンダッツあげたり、昼食おごったりして金で買収すれば大抵のことはどうにかなると思う。

自分の人生、自分のために生きなきゃね☆

 

みたいな自己啓発サイトみたいなこと書いて終わります。それができてりゃ、もう人生幸せなんだよなぁと思いつつ。

自己悲観→自己否定→自己悲観→自分鼓舞→自己悲観という何とも生きにくそうな思考を晒して。

 

文字をつづったので幾分か元気になりました。

以上です。自分語りの記事をあげることが、また人の迷惑になるなとかは思ってますけどね。忘れよう。そんなこと。

 

東京03単独公演『不自然体』参加記録

東京03第20回単独公演『不自然体』に行ってきました。

 

ここから書く文章は、ただただ私が推しについて語るだけです。

東京03のコントは面白い」と「豊本明長のことが好きすぎる」と「飯塚悟志は可愛すぎる」ということしか言いません。

微量のネタバレと沢山の私情を含みます。ご注意ください。

 

 

てなもんで、「不自然体」2列目の端っこで鑑賞してきた。

DVDではいくつかの単独公演を見たことはあったが、生は本当全然違う。

目の前で、声を張り上げたり声を震わせたりして「演じている」3人を見て圧倒された。

「不自然体」というタイトル通り、少し不自然な行動を題材としているのだが、「不自然な行動」を「自然に」しているのが凄すぎる。本当、芸人というより俳優なんだよなぁ。

 

また、生で見る特権として、私は話していない人に結構注目して見てた。

DVDだと話してる人が抜かれることが多いから、前々から写ってない人の行動が気になってたのだ。

その結果、豊本さんがさらに好きになってしまった。

だって、一言も発していないのに、あんなに場に溶け込んでしまうんだもん。あんなに存在感をコントロールできるんだもん。

場に溶け込んだ表情とか動きをする時もあれば、あえて不気味さを出す時もあれば、何であんなに雰囲気をコントロールできるんだ彼は。

贔屓目もバチゴリにあることは重々承知なんだけど、すげぇなって思った。

 

生だったのに加えて、2列目という良席だったために、表情がしっかりと確認できたのもとても良かった。

あと、実体としてそこに存在してるっていうのを感じられてテンションが上がった。

 

それに、今回のネタは私的に共感に次ぐ共感という感じで楽しかった。

東京03のコントは共感できるのに、ただの「あるある」で終わらないから面白い。話が二転三転していって、人物の関係性も少しずつ変わっていって、どんどん面白くなっていく。

面白いだけじゃなくて、ワクワクするというかなんか凄く楽しい気分になるから素敵だ。

 

 

あと、えーと、「飯塚悟志が可愛すぎる」話。知ってたけど、飯塚さん、あざとすぎる。いや可愛い。

あるネタの飯塚さんが完全に乙女の顔だった。可愛い。可愛いオブザイヤー。

あと、あのハイトーンボイスを生で聴けたのも嬉しかった。あれずるいよなぁ。可愛いし面白いし立派な飛び道具だよ...。

 

ちなみに、その「あるネタ」が私は一番好きだった。流石に、どこが好きとかはネタバレになり過ぎるので話す機会があればという感じだが、面白かった。

あと、そのネタはアルファルファ*好きとしては「はぁ、尊い」と言ってしまう感じで、その後の幕間映像含めて最高だった。

アルファルファいいなぁ大好きだよ。

 

アルファルファ東京03の前に、豊本さんと飯塚さんで組んでいたコンビ。豊本さんのキャラが違いすぎてびっくりする。「エレクトリックマン」とか「ジョンソン和尚」とかオススメ。

 

あと、握手会の話を少し。

角田さんは、あんなに人に興味がないのに、めちゃくちゃ優しく対応してくれて思わず好きになってしまった。

角田さんの演技と歌が大好きなのでその旨を伝えた。

飯塚さんは、可愛い。(それしか言ってない)思わずらなくても、好き。

ネタを主で書いてらっしゃるので、ネタが全部面白かった旨と、handmade works*のライブが楽しみな旨を伝えた。

豊本さんは、ちょっと屈んでくれて目線を合わせてくれるというか、下から覗き込んでくれる感じで、もう何か最高だった。割と記憶が曖昧だけど、大好きなんです〜ってことと育児頑張ってください!ってことを伝えた。

 

※handmade works…東京03バナナマンのユニットコント集団。東京03の結成10周年、バナナマンの結成20周年の年である2013年に1度目の公演が行われた。(DVD発売中!)

来年2019年の春に、2度目の公演をすることが明言してある。倍率クソ高いやろうけど、絶対行くって本能が叫んでる。

 

よくよく考えたら、中年既婚者との握手だったわけだけど、みんな手が暖かくて幸せな気分になった。

最近ちょっと太り気味の豊本さんは、アンパンマンみたいな手で、なんか素敵だった。でも、私はちょっと痩せて欲しいなとも思ってる。

そのあと、アンケートを書いたけど、手が震えて、脳内麻薬がドバドバで、幸福感に満ち満ちていて、ロクでもないこと書いたと思う。申し訳ない。

 

 

なんか、ぶっ通して書いて見ましたが、多分文体が揺れに揺れまくっている気がします。

完全に自己満足になってしまった。

来年の21回公演も、handmade worksの公演も楽しみだ〜!

 

ライビュに行くお金は流石にないので、DVDを楽しみにしている。オーディオコメンタリーも、追加公演で何するのかも楽しみだなぁ。