なんかの夢

隙あらば自分語り

ガンダム(初代、Z、逆シャア)を完走した感想

 

去年のちょうどこの時期(7月)に、ガンダムの初代、Z、逆シャア(すべて劇場版)を初めて見た時のメモ。メモ書き過ぎるメモ書き。

最初の方は、真面目なことも言ってますが、後半になるにつれてアムロとシャアの女との関わり方についてグチグチ言ってるだけになっていました。

 

 

 

初代ガンダム



アムロの未熟さと成長が鍵なのはわかるが、普通に未熟な人間が嫌い
古谷徹声良すぎ
・シャアかっこよ
ガルマ・ザビがかっこいいと思ってた途端に死んで草
ミームがいっぱい出てきてワクワクした
ジェンダー規範と家制度強すぎて時代を感じた
・ただ、倒錯的に「女」の方が強く描かれているような気もする。「頭を使わないが表に出て勇敢に戦う男」「聡明でかつ支える女」のステレオタイプ
・作られたのが冷戦中なのすごいね
・ある種の思考停止に陥らないと人間は行動できず、行動による達成感も得られることができない
・軍の組織早くね?
・「ジークジオンってこれか〜」「シャアってこれか〜」ってなった
フラウ・ボゥがかわいそう。少年期に必要なのは献身的で姉御肌(これもまた強いが)な少女であるのに対して、青年期になる途中で、強くて自立した美しい年上の女性に対する憧れが勝り、近くで支えてくれる女性がいるから生きていけるのにそれを無下にするみたいなの多すぎ。
・「自分のやったことにうぬぼれられない人は嫌い」が刺さった。すごくいい言葉。
・母とのシーンで、戦争や人を殺すことへのためらいを、なくすことが善とされたホワイトベースコミュニティと、あることが善とされる母コミュニティが交錯していたのがよかった。
・「考えるよりまず行動することで強くなる」みたいなのは嫌いだけど、いやマジでそうっすわ先輩とは思う
・シャアだけ赤いの絶対いろいろと不利なのに、シャアだけ赤いのウケる
・地球に住んでるのがエリートみたいな情報が少しずつ挟まれるのいい
・いやお前誰やねんって人多すぎ。把握しきらん



アムロめんどくせぇ
・そういう意地っ張りで自己破壊的な行動はもうやめた方がいいよ、アムロかっこ悪いよ
アムロめっちゃ嫌いになった、子供すぎる、そんなんで許されるのがズルい。
・マチルダさぁぁぁん
・マチルダ後、フラウ・ボゥアムロを捨てたのすごくいい
・カイが好きだよ〜わかる〜
・ミハルが死んだところで泣きました。それまで全く泣かなかったのに。

・前半はアムロがめんどくさくて、後半はカイが良かった

 


・やっぱ半世紀で移住できるのすごくない?
・ミハルに出会って死んだ後のカイくん良すぎ、最初あんなに泣いてたんだよ??可愛すぎん???
アムロ父の老い(酸素欠乏症)とか、成熟し変化する子と老いていく(変化しない)親の対比が苦しい
ガンダムそろそろチートみたいになってきたね
・私が中学生だったら、自分のことララァ・スンだと思って生きてたよ、もうしないけど
ララァの見た目の幼さと中身の成熟はなにか感じるところがある。幼さと特別な力は基本的にセットだ
・家族縁(キャスバル-アルテイシア)、恋愛縁(いろいろ)、戦争構図(連邦-ジオン)
・「〇〇だから」の理由づけの脆さと偏見。今から見ると、勝利のために戦うのもジェンダーロールも、全てが基礎付けられないイデオロギーに見える。だが、基礎付けられるイデオロギーなどない。
・「アムロはちがうわ」が悲しすぎるって
・ミライが恋多き女なのめっちゃ面白いな。ブライト、スレッガー、カムラン。スレッガーに一票です。ブライトはもちろん好きじゃないです。
スレッガー中尉かっこよ〜いいおじさんだぜ〜
スレッガー中尉死亡フラグ立てすぎ
・「悲しいけどこれ戦争なのよね」よかった
・私飄々としてるキャラ好きすぎでしょ、スレッガー中尉めっちゃよかったです。
・NTが言語不要でのコミュニケーションが可能である人間だとしたら、それだけでなんか作れそうなのにね
ベルクソンちゃん読んだばっかりだから、NTは個体化される前の相互浸透した状態に戻る(?)みたいな感じなのかな、とイメージする。言語は、規範でしかない。シャアが、オールドタイプ/体制(不動)を殲滅させてニュータイプ(動的)を始動させようとしてるのも頷ける。
アムロとシャアが思想的には似通ってそうなのいいね
・環境に従って軍人になったアムロのそれは「良い」ことなんですか?
・われわれは決して「真理」には向かっていない、という話を思い出したわね
アムロ何いってもうるせぇ〜と思っちゃうの良くない。アムロだけNT側の意見じゃんね、ゆるさねぇ〜〜
・「たったそれだけのために」なんですよね、全てが。
・オタクなので、ララァアムロは運命のつがいやったんやね、という理解ができます
・本能(アムロ)ではなく理性(シャア)を取るのはどこか倒錯した雰囲気もある。プラトニック、精神的(アムロ)と肉体的(シャア)と取ると反転するか。本能かつ精神、理性かつ肉体の異種混合
アムロララァの交歓は、現実より一つ上の部分(形而上学的?超越的?なところ)で行われていて、現実ではどうにもならないのにねのような。だからメタファーじみてる。
・「もっと早く」出会っていたからといって、現実世界での親密性は望めないと思う。「現実」に落ち込んでしまうから。ニュータイプとしての力云々より、一緒にどれだけいるかみたいな感じしない?いやそりゃ、ニュータイプの力差はあるけど。
・最後のテレパシーはちょっとやりすぎてるな?
・ハヤトといい感じになってるのを見た後で、アムロが「僕の好きなフラウ」っていうのえっぐ〜~お前そういうとこやぞマジで。今更取り返そうとすんなよ。
・これって、「僕の〔ことが〕好きなフラウ」って意味で言ってるでしょ絶対。僕のこと好きなんでしょ?じゃあ、したがってよ、の感じが見えます。
・どんどんアムロがそういう嘘つけるようになるの、成長だし大事だけど悲しいね。大人になるってそういうことなのね。

 

Zガンダム



・とりあえず見始める前の前提知識を得るのにすごく時間がかかった。人間は二項より多い対立を頭で理解できんのですよ。
Zガンダムって頭の体操?劇場版だからさらにわからん。
・ブライトボコボコニキ
カミーユきらい、やっぱ話が通じない人間マジで無理だわ
・両親目の前で死ぬのから始まるの重すぎん?
カミーユアダルトチルドレンじゃん。
アムロのマチルダさんは恋愛(憧れ)であったに対して、カミーユのレコアさんは母を求めている感じがある。
・第二作目でジェンダーバランスが良いのなかなかすごいね。こういう言い方あれだけど世界観が「かかあ天下」っぽいもんな。少年性が一つ主題なのも鍵なんだろうな。
・カイくんがイケメンに育ってておばさん嬉しいよ。大好き。顔がいい。ほんまに、お前が優勝。
カミーユ、成長が早い。ありがたい。嫌いじゃなくなった。
・シャア、毎回「私は赤が着たい」と言って赤着てるのかなかわいい

 


・激モテニキのアムロくん(きらい)
・劇場版Zガンダムはマジで何が起きてるかわからん。マジでわからん。
フォウ・ムラサメが女の顔しだしたのめっちゃ好き
・フォウかわいいね、いやこれは共感かな?
・「知ってくれている人がいてくれるから生きていけるんだろう」
・「女のことは忘れるんだ」←ララァのことを忘れられていない上に、他の女に尻を叩いてもらっている
・「ベルトーチカ クソ女」でパブサしてごめんな。でもお前はクソ女。
アムロは、「おやじにもぶたれたことない」人間で少なくとも父との関係は良好(だった)なのに対して、カミーユは両親に対して憎む気持ちがあるの、ちょっと人柄に出てるよね。
・喪女なので、フォウを失った後すぐにファーとキスするカミーユやばすぎてウケてます。
・いやなんか初代はあんなにプラトニックだったのに、Z突然生々しいよな?女がエロいんだよな
・Zはアニメ版で見た方がいい(マジでわからん)*1
・強化人間は、幼さと強さの振り幅が大きい。NTもそうだったが
・シャアとキスできるんだったらもう人生投げ出してもいいよ、マジで
・やっぱ主題歌GACKTなのめっちゃおもしろいよな
・カツ・コバヤシ浪川だなって思ったけどマジで浪川じゃん!!!
・芳忠さん声いいなぁやっぱ

 


・浪川だって思って聞いたら浪川すぎる
シロッコ、典型的なナルシスト男でワクワクしちゃうないいな
・レコアのMS、レックーザと同じ色合いじゃん
・女として充足するレコア...そんなのでいいんか?レコア?おまえはシャアとキスしてたじゃん、いいじゃんそれで
カミーユ激情型なのがなぁ
・「女をやってる」って言い方が良かったね

・いやこれオチすごいな、幻覚でいっぱい女を見た後に、ファーは肉体があるから抱きしめられるってなに?広義のセフレじゃん

 

逆襲のシャア

アムロはマジで女切らさないね、仕事ができる男には女もおるのよ、そうやってうまくやるのよ格差やね
・カムランだ!!!!ミライを寝取られたカムランだ!!!!久しぶり!!まだ引きずってんじゃん!ウケる!
・ハサウェイ女と仲良くなるのはっや
・「重力に魂を縛られる」の表現かっこいいけど、絶対気に入ってんだろうなって気がするよな
・確かに嫌な女だよなわかるぜ
・女を前に載せるタイプのコックピットなに?どういうこと?
・クェスにララァをみるシャア
・シャア、ララァに激重で笑っちゃうね、「やさしさ」が足りてなかったシャアの嫉妬と「導いてほしかった」の思い
・革命のあとは独裁がくる、のやつ
・カムラン、絶対メンヘラ男っぽいのめっちゃいいな。
・「死人に引っ張られる」はカミーユが念頭にあるのかな
・男女の関係が、精神的なものと肉体的なもので分離している。実は、明確に「愛」のようなものを描き出してはいないようにみえる
・シャアはクェスをNTとして利用できるとしか見てないんだと思った時に、ナナイの位置の方が「近い」って思ったのね。ナナイは肉体でクェスは精神かと思ったけど、ララァが精神でしかもそれを踏んだ上でのナナイだ。
・私がアムロが嫌いでシャアが好きなのは、アムロはそれこそ「やさしさ」で愛すが(ファーストガンダムⅢあたりでアムロは嘘がつけるようになっている。うまく生きている)、シャアは純粋だから「(本当には)愛していない」ことを見せてくれるところ。それを自覚しているところ。シャアははっきりと「支え」というが、アムロはきっと「好きだ」ぐらいは言い出す。まぁ二人ともクズなんだけど。
・シャアは多分ナナイを愛するみたいなのはないけど、でもシャアってああいうの求めてんでしょ?他に彼に「愛する」ができるか?
・シャア、マジでマザコン(「母」を求めているという点で)なんだよな。いやわかる気持ち悪いよね。
・シャアにとって肉体精神ともにララァだったが、ララァは肉体はシャアだが精神はアムロであり、アムロはかなりはっきりと精神と肉体を分けているドライさがある。
・「大佐のララァ・スンって寝言を聞いた女は何人もいる」←シャア割と誰でも抱いてるな?
・全然愛さなくっていいからシャアには抱いてもらいたいよな一回
・シャア、強い反出生主義みたいなこと言ってんな?
・シャアの最期滑稽すぎてウケました

 

・クェスのことNTらしく感情表現の幅が大きすぎる幼い女の子だと思ってたから、アムロがクェスのこと追い払ってたの全然わかんなかった。

アムロってあんまり人間信じてない感じがあるのに、人間信じる側に立ってんだよね

・全編通してアムロは基本的に空っぽで、というか考えることをやめていて、空虚さで衝動的に動いていたファーストガンダムから成長し、空虚さを隠せるようになったZ→逆シャアという感じ。怖い人。

・確かに、アムロとブライトがあそこまで成長してるのに、シャアずっと変わってなくて草

アムロが女の趣味が悪いのはわかるけど、でもアムロは外から見て悪い女だとわかっても自分にいいように振る舞うならそっちの方が都合がいいぐらいに思ってんだよ

 

 

【総評】

ガンダムは、親から適切な愛を十分に受けられなかった人間が戦いを通じて歪んで成長する話

 

 

 

 

*1:去年の10月にアニメで見ました、アニメはちゃんとわかって面白かったです。

かたれない、肩出してるギャル、あたし?

 

水たまりのもっともっと奥の方、なんかあるふりして、なんもないってわかっちゃったの

どうしよう?

三人一組になってください。かわいい、一人っ子だもんね、ううん弟いる

                                                              

話したあとで要約される、あたしのことばが訳される

もうあたしのことばじゃないのに、でも、あたしってそんなことでしかないのかも

問われてる あなたから見られている私

ほんとうにほんとうにほんたうにうけいれらんない。ごめん。

 

感情がふきだしてあたしにはわからなくって大好き

よかった、ほんとうによかった、

からだが鳴ってる、悲しそうになってる、なんで泣いてるの?ねぇ、なんで泣いてるの?

「わかんない」

よかった、ほんとうによかった、全部わかるようになっちゃったら、あたしはもう

 

知ってる、知ってるの、あたしから出るあたしの言葉、あたしらしい言葉、新しくない言葉、きもい、、

あたしあたしって、ギリギリセーフ、「私」だったらアウトかも

わかんないことがないの、すでにみた風景、すでにみた言葉、すべて「知ってる」

新しい場所にいこ?違うの、この世界すべてがそうなのよ、

この世の外ならどこへでも

そんなとこいけない、って正論、文字になってるだけで秩序

字になるほどに消えていく、チープな比喩にチープな言葉、レトリックって言葉を避ける、レトリックってあたしの言葉じゃない、あたしの言葉じゃないならいいじゃん

 

主題とテーマと意図がよまれる、ぜんぶちがうや、あるとしたら「あたし」、あたしでまとまってんの、あたしでまとまってんの!

 

 

 

ピンクの電車にピンクの氷、ごめんね、なんのいみもなくて

 

 

 

 

 

 

 

大学の某講義で書いた文章です。「スポークンワード」を書いてきてね、というお題でした。

甥っ子とドーナッツ

ここで打ち止め、おしまいだという気持ちがある。

もう私を叩いても何も出てこないし、何も語れない。

何もかもがわかるようになってきて、私はブラックボックスなどではなくて、ただただ空っぽで浅い欲求で生きていることだけがわかってきた。

こうなってくると私にはもう生きる理由がなく、いつ死んだって良いのだと気づいてしまう。

 

本当に、最近はずっと早く死なないとと思っている。

就活が近いからだと思う。

そういう「浅い欲求」が私を駆動させていて、そういう大きなことを言いたがる。

みんなが「就活だる~」ぐらいで抑えていることを、「早く死ななければならない」なんていってしまう。可哀想な人だとは思う。

 

みんが正常に忙しくしているのをみて、私はあわてて狂いだす。

なんでこんなに暇なんだろうと思う。

ネガティブは忙殺しろ、だとか、暇だから精神を病む、だとかいう話がどんどん本当のこととして語られるようになっている。

その話には乗りたくないけれど、でも結局そうなんだと気付いているところもある。

 

ねぇ、早くいそがしく、なろ?

 

 

ここ最近は本当に精神がひどくて、本当にひどいのに、だれもみてくれないんだって思って寂しくなっちゃって、文章を書くことにしてしまった。

「大丈夫?」とかじゃないのだよ、わかっていない。

一緒に正気の輪から出よう。

一緒に泣いて喚いて、しまうしかない。

そちらに戻されてしまえば、「弱者」ともいえない、ただの怠惰者になってしまう。

 

何も語れない・何も語れない。何も語れないのに・

 

あたしが考えたって無駄なのよ、考えることは特権だと思う。

考えていられないのよ、何も語っていられないのよ、

 

お葬式を開きましょう。

もうすでに死んでいたもののお葬式、まだ成仏できていないもののお葬式。

 

毎度、酒を飲むたびに「私から何か知らないものが出てくるのではないか」と期待している。そういう期待を込めて酒を飲む。

結果は、毎度。知っているものだけがでてくるようになる。

今も、「狂った」と思いパソコンを開いて、画面もよく見えていないのに、いつもと同じ口調でいつもと同じようなことしか言えていない。

ずっと前からずっとそうでしたよ。

 

さようなら、大きくなった自意識と私。どれが「見られる私」を想定して選んでいることで、どれが「本当の私」が選んでいることなのかがわからない。

「わからない」?便利な言葉ね。

 

ぐちゃぐちゃな世界になればよいと思う。何もかもがぐちゃぐちゃでそれを見れるだけであたしは幸せだと思う。

あたしが整然と生きていけることをまだうけいれきれていない。

あたしだけが、ぐちゃぐちゃの世界に行けると信じていたのに。

 

努力したくないのね、本当に。だって面倒じゃないの。だからね、狂っているふりをするの。そしたら、なんだか別の秩序が立って、そこでは一番偉いみたいに見えるでしょ?

みえない?みえないか。

浅い欲求に大きく振り回されるふりをするのも、もうおしまい。

早く成仏させてあげて、適切に努力し適切に生活する。

何も泣くことはないじゃない、それが今までの否定であるみたいな顔しなくていいじゃない。

可哀想、本当に可哀想。なんだかわがままでそれを満たされないまま大きくなっちゃってもう取り返しがつかないほどに性格にこびりついている。

可哀想な人、愚かでも狂っていても何でもなくって、ただただ正常で普通で可哀想な人。

 

 

ずっと私と私で話してる。こういうことに他者を入れない。

あなたが本当のことを言うたびに、私がなんてことないことに気づいてしまうから。

 

壊れてしまうのを、あたしはじっと待つのが良いかもしれない。

こちらでは涙が出ない。

あたしは何もしたくないから、何もせずにじっと待って崩れてしまうのを待つの。

崩壊に近そうな場所にいる、それだけは意識して。

あたしが崩壊しそうな顔をしておく。別に全然正気だけど。そしたら一緒に崩れてくれるでしょう。それを目の前で見ることだけを楽しみにするの。

青田買い。

 

厨二病を辞められない。やめた方が良いよ、とか、実はこの世界も楽しいよ、とか誰も教えてくんなかった。

高校ぐらいから、あんまり誰も私の中に入ってこなかった。えへへ、またそういう言い方してから。

 

もうこういうのを10年ぐらいやっている。

こりゃあプロだね、何のプロって、何だろう、まぁ10年もやったらプロだよプロ。

 

いいなぁ、思い出した。

あたしは、よくわかんねぇババアになりたかったんだ。

バーの端っこで酔いつぶれて、でも何かわけのわからないことを言うババア。

話の骨を折るような、変な角度から変な球を投げてやるの。もちろんボール。核心なんかに迫っちゃいけない。でも、なんかちょっと思い出しちゃうようなことを言ってやるのさ。

そういうババアにならなきゃなんなかった。

 

気持ち悪い、お前は年取ったって普通のババアだよ。早く死ね。

 

 

 

 

 

起床日記

 

大学の某講義で、あるテーマについて一週間日記を書くという課題があり、その時に書いた「起床」に関する日記です。講義ではA4一枚という指定があったけれども、ここではそういう制限もないのでいくらか加筆修正しています。

 

 

起床後すぐにスマートフォンのメモ機能を利用して記録した。注釈は、後で読み返した際に付け加えたものである。

起床は、一日の単なる始点ではない。点というにはあまりに多くのことが起きすぎている。それは、一日のうちでも重大な出来事なのである。

 

5/7(土) アラーム 10:30- 10分ごと/30分ごと 起床 11:42  9時間睡眠

14時〜お笑いライブがあり、ぎりぎりで間に合うには12時までに起きる必要がある。昼ごはんも食べたかったのでもっと早く起きるべきだったがその余裕はない。寝起きかなり悪。眠い。夢も覚えている。遮光カーテンを半分明けて寝てみたので少し部屋が明るい、しかし眠い。あまり起床に関係なし。

 

5/8(日) アラーム 12:00-14:00 30分ごと 起床 14:27  9時間睡眠

2度寝どころではなく、6度寝ぐらいして起床。特に私には珍しいことでもない。全く起きれなかった。久々にウルトラ怖い夢を見た。やることいっぱいあるねんけど?今日も起きられんの何?しんど。13時ぐらいに絶対起きれた。不快。イライラする。起床むずすぎ、最難関。遮光カーテン閉めてたのが悪い?

 

18時-19時 仮眠。1日が睡眠で潰れたのが悲しくて涙が出てきた。

 

5/9(月) アラーム 10:30-12:30 30分ごと/11時前後だけ10分ごと 起床 13:00  9時間睡眠

12時に起きた、と思った*1。学校でも家庭でも人がたくさん死ぬ夢を見た。昨日に続きウルトラ悪夢2連チャン。寝過ぎてしんどい可能性がある。曇り。日が入ってこないので、日中の感覚がない。

起きるのには手こずったが、起きてみると案外気分が良い。意外と良い日になる予感*2

 

5/10(火) アラーム 9:00-9:40 10分ごと 起床 9:39 5時間半睡眠

爆裂起床*3。10:30〜のバイトに間に合うには10時のバスに乗らねばならない。飛び起きたせいで、床に置いてあった衣服に足を滑らせ転倒。15分で支度せねばならん。起きてみると動ける。午前に予定を入れること、それが早起きのコツか?頑張れ、あと10分だ!*4

 

5/11(水) アラーム 11:30-12:30 10分ごと 起床 12:03 7時間半睡眠

11:30に起きると、TAの仕事のメールが来ている。メールを返さないとと思いつつ寝てしまう。11:45のアラームが、着信音と一緒で無駄にドキッとする。なんだかムカつくのでふて寝。奇声を上げながら起床*5。13時の講義に間に合うようにメールを打ちながら支度、今日は1日予定が詰まっている。*6

 

5/12(木) アラーム 10:00のみ 起床 22:00-1:20 4:00-12:42 14時間半睡眠(実質12時間)

変な睡眠の取り方。寝落ちして起きてまた寝た。今日は全休なのを良いことに心ゆくまで寝た。雨。昨日は全く頭が動かなかったけど、今日はたくさん寝たので頭も動くはず。こういう睡眠の取り方をすると適度に現実から距離が取れる。現実から駆り立てられる気持ちから、たくさん寝ることで縁を切れる感じ。現実に埋め込まれた私の救出。あまりうまく言葉にできない。特に遅く起きたことの後悔もなく、久しぶりに気分が落ち着いている。

 

 

 

 

 

*1:11時半ごろに「12時に起きるぞ!」と心に決めたので起きれたと思ったが、実際は13時になっていた

*2:なりました

*3:9:39という表示を見て、反射で飛び起きたためこのように表現した。この起き方をすると起きて数十分は活動できるが、その後眠くなる

*4:バス停まで走ることによって間に合いました

*5:全く起きれない時は身体を起すために伸びをするのだが、その際に「んーーー」という声をあげる。それを友人に「奇声」と言われたことがあったので、その表現をそのまま使用した

*6:日記をつける時間がなかったため16時ごろに記録

日記を書かなくなった

高校1年生の時から毎日日記をつけていた。

一週間分の日記を一気に書くこともよくあったし、受験生だった高3の時はほとんど書いていなかった。

それでも、大学生になってからはある程度書いていたのだけど、主に卒論の影響で11月以降にパタリと書かなくなった。

 

日記を書かなくなったことをずっと気にしている。年度ごとに手帳を買い替えており、新年度は心機一転また書き始めようと思っている。

だから、その前にこの数ヶ月書いていなかったということの懺悔をしたい。そういう記事です。

 

卒論が忙しくて書けなかったのが11月~1月だとしても、卒論提出後は書けたはずだった。でも、書けなかった。

 

卒論提出後、私は半ば駆り立てられる形で予定をいれた。

日記の件とはまた別件で、昨年度はとにかく、自分のコミュニティの狭さを恥じ、人とたくさん関わらなければならないという気持ちに呪われており、卒論提出後その呪いに駆動される形でいろんな人と会った。

予定が詰まっていないことは、自分の怠惰さや自分が世界から求められていないことの証左であるように感じられて、できる限り忙しくしていた(とはいえ、他者と比べれば全く”普通の”生活である。私は他者に比べて活動性みたいなものが低い、低すぎる。常に過眠気味なので活動時間も人よりだいぶ短い)。

 

予定が詰まっていたのならさぞ日記に書く思い出も多かろう、と思うかもしれないが、そうではなかった。

2、3月の私は常に現実感の無さにさいなまれていて、昨日のことを思い出しては本当にあれは私だっただろうかと思いつつ、常に起こった出来事の解釈を先送りしていた。

そんな2、3月頃に書いていた文章の残骸が見つかった。

 

私は常に過去にすがっていて、過去を反芻しながら生きている。

だから、本当に目の前のことを見ていない。

それが苦しい。現実感がもうずっとない。一年前にもそんな記事を書いていた。

高校からずっともうなにがなんだかわからないまま日が過ぎている。

 

◉ずっと現実感がない

去年も同じ趣旨のブログを書いていた。

みんなはあるんですか?人と会っている時ほど、全てが夢のように思える。

中身が見えない他者と他者の反射のように存在する私だけがいる。

家に帰って泣きながら、現実ってなんなんですかと言っている。

受け入れられないからかもしれない。自己の中の自己像と実際の私が大きくかけ離れていて、それをまだ受け入れられていない。

 

リアリティを感じられない出来事がどんどん起こって過ぎていったので、それを振り返り向き合うことがこわかった。これらの出来事を私の人生に位置付けることができなかった。何も感じない出来事(いやそれらはすべて楽しい出来事ではあったのだが)を脳内でどんどん「大切なこと/重要なこと」へと肥大化させて文字に残す気持ち悪さに耐えられなかった。

だから、もう書かなかった。書けなかった。

 

そもそも、私の日記は出来事を書くものではない(ということに気づいた)。

出来事にあふれている時期に、私の日記に書けることなんてない。

「今日は誰と○○へ行き、××を食べた」という出来事の記録が日記のスタンダードであるだろうし、私の日記も振り返ってみて見れば「今日は朝起きることができず△△の授業に出られなかった」という記録ばかりである。

だが、私の日記の本分は、自分が強く心動かされたものに対する熱情を書き綴ったり、考えたことや思い悩んでいることを長々と書くところにある。

……読み返してみたら本当にどうでもいいことばかり綴っていて、そうではないかもしれないと思ったので、この話は保留です。

 

2021年を迎える前の大晦日に書いた記事(下書きに残っていた)から、良い(?)文章が見つかった。

 

本当に、私は私の外にあるものに対する愛着がない。私は、ずっと私の脳内にあるものだけを愛し続けていて、外で何が起こっていても何でもいい。寂しい人間だこと。

 

可哀想に。

私の人生や脳内、そして「現実」に、現実の出来事や関係のある他者は位置づけられず、疎外されている。

概念になってしまったあの人や想像上の「私」だけが強いリアリティと共にあり、その脳内だけを愛し続けている。

数年前に「とびだせ!のりちゃんランド」という、私がずっと脳内で妄想してばかりだという記事を書いたんですが、それから一向に変化していない。私はずっと自閉的だ。

 

だが、それだからどうしよう、と思い悩むことも解決することもしない。

何も問題化しない。そういう肥大化がもう面倒になった。

もしかしたら退化かもしれない、考えることを辞めてしまったのと同義かもしれないということだけが不安としてあった。現実と向き合わないことや私に起こっている出来事から距離を取ることで、私は昔できていたはずの言語化の能力を失ってしまうのかもしれないという不安があった。

だから、こうやって懺悔の文章を書いている。言語化を怠ってきたことへの懺悔と、決して逃げているのではなく慎重になっているだけだという弁解のつもりだ。

 

本を読めなくなっている。文字を書けなくなっている。

リアリティを感じられないような他者との交流だけを無限に求めて、どうしようもないと言って泣くことだけを繰り返している。

帰っておいで。

私を定義づけるならば、私の書いた言葉によってが良い。私が発する言葉でも、私の容姿でも、私は定義づけられたくなく、ただただ私が書く文章だけが私を定義づけて欲しい。それが一番私が私だと思っているものだから。

 

久しぶりにそのままの言葉を書いた。逃げるようにして口語を交えてみたり、ふざけた言葉を連ねたり、そういうことをしないのも久しぶりで気恥ずかしい。

一方で、やはり伝える努力はしておらず、私から生まれたままの言葉を書き連ねている。私は、結構意味を考えずに感覚だけで言葉を発する側面がある。伝わらなかったら読み取ってください。

 

 

おしまい

 

 

Lyrical school「Fantasy」


www.youtube.com

 

 

三年寝太郎

三年前にこのブログを始めた。

 

ariakesann.hatenablog.com

 

その最後で「3年後の私。元気ですか?今日もまた私は、黒歴史を全世界に公開してます。 」と言っていたので、そのアンサーブログです。

 

元気です。

 

◎文字書きBGM→日食なつこ「エピゴウネ」

8月に入って鬼リピしてる。「エピウゴネ」って打っても出てきた。去年のいつ頃かもずっと聞いていた。私は、同じ曲を飽きるまで何度も何度も聞いて、ある時パタリと聞かなくなる。すべてに対して。

 

そいや、フランス語がちょっとだけわかるようになったから、”N'importe où hors du monde”でもブログ名よかったよ。いや良くはないか。

第二外国語がドイツ語で人間科学部に入ったはずなのに、今の私はなぜかフランス語をやってベルクソンを読んでいて、人は変わろうと思わなくても変わるんだなと思った。

それは、悲しいことのようで救いであって、こんなだらだらと暮らしているのに、私は2018年の私をちゃんと「恥ずかしい」と思えるほどに変わっている。ありがたい。

 

この前、たまたま中学生の頃のブログを発掘して、デジタルタトゥーこえぇ~と言いながらサイトの削除を行った。

そのブログ名にも「夢」が入っていた。

これも「なんかの夢」だし、相変わらずずっと夢の中で生きているような気持ちで、なんも変わんねぇなと思う。こちらもありがたい。

 

私が意識せずとも、私は変化しておりかつ変化していないの、すごくありがたくないですか?ラッキー☆

 

 

 

最近はずっとグラグラで、まともに考えると自分は否定すべきところばかりでどうしようもないので、「まぁでも、それが『私』だからいいのよ」みたいな肯定の仕方をして何とか乗り切っている。

基本的に、そういう根のない肯定をした後は「とはいえ、他者に愛されてぇ~~~」と言いながら泣いてる。

 

どこかで自暴自棄のような諦めのような気持ちがあって、過度に楽観的に人生を見るようになって、お先真っ暗な私にもお先があるのおもろ(笑)みたいな気持ちによくなる。

 

いや、めっちゃ面白いでしょ。

 

でも、急に現実に引き戻されて「院試怖いし辛いしやりたくないな」とか「お先真っ暗なの怖すぎるな」とかいやなことをいっぱい思い出して嫌な気持ちになる。

ずっとそれを繰り返している。

 

「人生どうしようもねぇな」と思っていたのが、大学1,2年生の私だったので、一歩引いて「このよくわからん人生どうなるか楽しみやね」みたいな気持ちを無理にでも引き出せるようになったのは一つ成長なのかもしれない。

 

気休めかもな。

 

 

昔からだけど、コロナ禍で人に会わなくなってさらに、どんどん私は私の中に閉じこもるようになってないですか?大丈夫ですか?というのが最近の悩みです。

本当に、私はずっと私のことを考えているし、いろんなことが自己完結しているし、何より他人と関わるたびにせっせと作り上げたグラグラな自分が一気に崩れてしまって、しんどい気持ちになるのでまずいなと思ってます。

 

他者~!他者と健康的に関わりをもちてぇ~!

 

3年後の私:他者と健康的に関わりを持ちたいと思いながら、真っ暗なお先を楽しみに生きている。

 

 

 

三年寝太郎(さんねんねたろう)

日本の民話の一つ。3年間寝転がってばかりの、一見、ただの怠け者の男が、突然起き出した末に灌漑など大きいことをするという話。

 

三年だったから、三年寝太郎ってつけたけど、三年寝太郎はえらいんやね。

私は、この3年間寝転がってばかりで、これからあと3年ぐらいはまた寝転がるつもりです。

 

 

 

 

モーニング非ルーティン

眠れなくて朝になった日は、たまにお散歩をする。

足がむずむずして眠れないので、多分運動不足だろうと思うからだ。

そういうお散歩の時は、大森靖子の「ミッドナイト清純異性交遊」をよく聞く。

「キャラじゃないなんて甘えてるから逃してばっか」「大丈夫な日の私だけを見つめてよ」と歌詞がすごくいい。

大丈夫な日の私だけを見つめてよ、って口ずさみながら、出勤や登校途中の大丈夫な人たちの中で、部屋着にクロックスの全然大丈夫ではない私がお散歩する。

大森靖子の曲を聞くと、あなたなんかに認められなくてもわたしはわたしだけで最強なのよ、という気持ちになるから好き。

 

そしたら公園に着いて、ブランコに乗る。
さいころ、一番好きな遊具がブランコだったから。

ブランコの浮遊感にドキッとしてぷかぷかした頭がスッと現実を見たあたりでもうイヤダイヤダと思っちゃって繰り返した。

 

「こんな時間にブランコ乗るなんて、世界から疎外された気分になりますね」

 

と言った後で、

 

私だけが世界で他がウソなんだって気づいて、そんな笑わなくても良いじゃないかと思った。書き換えた。

 

 

文字にしなくたってよかったのに。