なんかの夢

隙あらば自分語り

人に迷惑かけないで生きる

 おはようございます。久々にブログを書いてみます。もちろん、自分語りです。私は、自分のこと以外を語ることができません。

みなさんは、自分語り以外の語りができますか?まぁ、どうでもいいんですけど。

 

私は常々、「人に迷惑をかけないこと」を重視して生きています。

正直、私が生きる上で一番重視しているのがそこです。そして、「人に迷惑をかけてしまうこと」が自分にとって、一番ストレスになることです。

そんなことを考えながら自転車に乗ってるときに、ふと考え付いたことがあります。

「自分の辛いこととか悲しいこととか、他人に相談するのって超迷惑じゃない?てか、他人にとってどうでもよくない?ひっそりと死ねよって感じじゃない?」と。

割とこれは、(自分にとって)正常な精神状態のときに思いついた、あくまでポップな考え方です。

 

何が言いたいかというと、「人に迷惑をかけちゃいけない」って強く思ってる人、人生詰んでね?ってことだ。(突然の常体)

うすうす気づいてると思うし、いや私もわかってるけど、他人に迷惑をかけないで生きることなんてまず無理じゃん。知ってた。

つまり、人に迷惑をかけないように生きようとしても絶対にどこかで行き詰る。それがストレスになる。でも、そのストレスは別に他人にとってどうでもいいことだよなと思う。特に、誰に言うわけでも無く生きる。また、ストレスがたまる。

この、エンドレスストレス貯蓄システム。やばい。絶対、生きにくい。

 

それに、「人に迷惑をかけずに生きる」戦法、完全に社会適合できない。

まず、人と深くかかわることを避けるので、一人ぼっちになる。

次に、働けない。バイトしてて感じたことだが、働いてたら絶対どこかで迷惑をかけてしまうのだ。客や上司、関係者の誰かには。それに対し、いちいち「辛い」とか「しんどい」とかいってたらマジで働けない。

 

一人で生きないといけないのに、まともに働けもしないやつがちゃんと生きれてるはずがない。私の場合、大きく両親に迷惑をかけながら暮らしている。

両親に、私の「迷惑」のしわ寄せがきているのだ。申し訳ねぇ。

 

「人に迷惑をかけないように」思考の人の生きづらさを書いたが、正直そんな人間は憐れみようがない。

 

そもそも、「人に迷惑をかけないように」と言う考え方、超絶おこがましいのだ。

人に迷惑かけてるんだから、かかってる方がストレス感じてるのに、かけた方もストレスだとか言いだしたら、本当嫌になっちゃう。

 

それに、「迷惑をかけちゃだめだ」思考の裏には、「嫌われたくない」とか「責任を負いたくない」とか「怒られたくない」とかの自己承認欲求とか自己愛の結晶が隠れている。

それを「人に迷惑をかけないように」とか、まるで良い人かのように言ってるあたりで、自尊心が見え隠れしている。とんだクズ野郎だな。

 

そんな、とんだクズ野郎がこれまで書いてきたわけですが、

実際気を遣いまくる人よりも、自由奔放に生きてる人の方が、本人も楽しそうだし関わる方としても楽だし、私は好きだ。

 

はー、なんてこったい。私は、とんだクズ野郎なのに(だから?)、人生は詰んでるし人にも好かれないような人間にいつの間にかなってしまっていたみたいだ。困ったなぁ。

 

てなもんで、みんなも適度に自分の好きなことやって好きなように生きて、ちょっと迷惑かけても「私はしあわせだからいいもん!」ぐらい自分本位で全然いいと思う。

もし、迷惑かけすぎたらハーゲンダッツあげたり、昼食おごったりして金で買収すれば大抵のことはどうにかなると思う。

自分の人生、自分のために生きなきゃね☆

 

みたいな自己啓発サイトみたいなこと書いて終わります。それができてりゃ、もう人生幸せなんだよなぁと思いつつ。

自己悲観→自己否定→自己悲観→自分鼓舞→自己悲観という何とも生きにくそうな思考を晒して。

 

文字をつづったので幾分か元気になりました。

以上です。自分語りの記事をあげることが、また人の迷惑になるなとかは思ってますけどね。忘れよう。そんなこと。

 

東京03単独公演『不自然体』参加記録

東京03第20回単独公演『不自然体』に行ってきました。

 

ここから書く文章は、ただただ私が推しについて語るだけです。

東京03のコントは面白い」と「豊本明長のことが好きすぎる」と「飯塚悟志は可愛すぎる」ということしか言いません。

微量のネタバレと沢山の私情を含みます。ご注意ください。

 

 

てなもんで、「不自然体」2列目の端っこで鑑賞してきた。

DVDではいくつかの単独公演を見たことはあったが、生は本当全然違う。

目の前で、声を張り上げたり声を震わせたりして「演じている」3人を見て圧倒された。

「不自然体」というタイトル通り、少し不自然な行動を題材としているのだが、「不自然な行動」を「自然に」しているのが凄すぎる。本当、芸人というより俳優なんだよなぁ。

 

また、生で見る特権として、私は話していない人に結構注目して見てた。

DVDだと話してる人が抜かれることが多いから、前々から写ってない人の行動が気になってたのだ。

その結果、豊本さんがさらに好きになってしまった。

だって、一言も発していないのに、あんなに場に溶け込んでしまうんだもん。あんなに存在感をコントロールできるんだもん。

場に溶け込んだ表情とか動きをする時もあれば、あえて不気味さを出す時もあれば、何であんなに雰囲気をコントロールできるんだ彼は。

贔屓目もバチゴリにあることは重々承知なんだけど、すげぇなって思った。

 

生だったのに加えて、2列目という良席だったために、表情がしっかりと確認できたのもとても良かった。

あと、実体としてそこに存在してるっていうのを感じられてテンションが上がった。

 

それに、今回のネタは私的に共感に次ぐ共感という感じで楽しかった。

東京03のコントは共感できるのに、ただの「あるある」で終わらないから面白い。話が二転三転していって、人物の関係性も少しずつ変わっていって、どんどん面白くなっていく。

面白いだけじゃなくて、ワクワクするというかなんか凄く楽しい気分になるから素敵だ。

 

 

あと、えーと、「飯塚悟志が可愛すぎる」話。知ってたけど、飯塚さん、あざとすぎる。いや可愛い。

あるネタの飯塚さんが完全に乙女の顔だった。可愛い。可愛いオブザイヤー。

あと、あのハイトーンボイスを生で聴けたのも嬉しかった。あれずるいよなぁ。可愛いし面白いし立派な飛び道具だよ...。

 

ちなみに、その「あるネタ」が私は一番好きだった。流石に、どこが好きとかはネタバレになり過ぎるので話す機会があればという感じだが、面白かった。

あと、そのネタはアルファルファ*好きとしては「はぁ、尊い」と言ってしまう感じで、その後の幕間映像含めて最高だった。

アルファルファいいなぁ大好きだよ。

 

アルファルファ東京03の前に、豊本さんと飯塚さんで組んでいたコンビ。豊本さんのキャラが違いすぎてびっくりする。「エレクトリックマン」とか「ジョンソン和尚」とかオススメ。

 

あと、握手会の話を少し。

角田さんは、あんなに人に興味がないのに、めちゃくちゃ優しく対応してくれて思わず好きになってしまった。

角田さんの演技と歌が大好きなのでその旨を伝えた。

飯塚さんは、可愛い。(それしか言ってない)思わずらなくても、好き。

ネタを主で書いてらっしゃるので、ネタが全部面白かった旨と、handmade works*のライブが楽しみな旨を伝えた。

豊本さんは、ちょっと屈んでくれて目線を合わせてくれるというか、下から覗き込んでくれる感じで、もう何か最高だった。割と記憶が曖昧だけど、大好きなんです〜ってことと育児頑張ってください!ってことを伝えた。

 

※handmade works…東京03バナナマンのユニットコント集団。東京03の結成10周年、バナナマンの結成20周年の年である2013年に1度目の公演が行われた。(DVD発売中!)

来年2019年の春に、2度目の公演をすることが明言してある。倍率クソ高いやろうけど、絶対行くって本能が叫んでる。

 

よくよく考えたら、中年既婚者との握手だったわけだけど、みんな手が暖かくて幸せな気分になった。

最近ちょっと太り気味の豊本さんは、アンパンマンみたいな手で、なんか素敵だった。でも、私はちょっと痩せて欲しいなとも思ってる。

そのあと、アンケートを書いたけど、手が震えて、脳内麻薬がドバドバで、幸福感に満ち満ちていて、ロクでもないこと書いたと思う。申し訳ない。

 

 

なんか、ぶっ通して書いて見ましたが、多分文体が揺れに揺れまくっている気がします。

完全に自己満足になってしまった。

来年の21回公演も、handmade worksの公演も楽しみだ〜!

 

ライビュに行くお金は流石にないので、DVDを楽しみにしている。オーディオコメンタリーも、追加公演で何するのかも楽しみだなぁ。

 

 

 

透明人間になりたい話。

ツイッターがあるこの時代、ブログに書くことなんて多分ないだろうと思います。

私は、元気です。嘘です。ブログ書くときは、だいたい元気じゃないです。

 

先日、「二重生活」という映画を見ました。

哲学科の女子大学院生が、論文のために適当な男性を目的なく尾行するという内容。

感想としては、その尾行される側の男性を演じた長谷川博己がめっちゃかっこいいとかそんなことしか考えてなかったんですが、そんな話はおいといて。

 

その「理由のない尾行」というのが、とても興味をひかれた。

正直、やってみたいと思った。何の理由もなく、ただよく知らない人をずっとストーキングして、その人の行動を逐一記録する。

めっちゃ楽しそう。究極の人間観察のようなわくわくがある。

映画内でも言ってたけど、この「尾行」という行為、自分は経験していないのに尾行した人間を”疑似”体験しているような気持ちになれる。

私は、18歳の冴えない女子大生でしかないし、年を経たって冴えないババアになる未来しかないけれど、

尾行をすれば、40代男性の人生を体験できるかもしれないし、キラキラ女子大生の人生も体験できるかもしれない。何だそれ、最高すぎる。

 

でも、ここで重要な問題が発生する。

私にとって「理由のない」尾行であろうとも、尾行された側はありもしない「理由」を受け取ってしまうのだ。

「私に興味があるんだろうか」とか「私を殺す気なの?私のことが好きなの?」とかいろいろ。

勘違いも大概にしてほしいね!とこちらが憤慨しようとも、「尾行」という行為は何かしらの「理由」に裏付けられないと成立しないと思われているし、

「何の理由もありません。何の危害も加えません。さあさあ、今まで通り、”自由に”お生きになって!!」なんて私が言っても、自分の全行動を知ってる他者なんて存在してほしくないから、一切、自由になんか生きていけない。

 

「理由のない尾行」において、「私」という存在はめちゃくちゃ邪魔なのだ。

だから、私は、題名にも書いたけど、透明人間になりたい。

これは、割とずっと思ってる。

透明人間になって、好きなように人間を追いたい。人間が他者に見せない部分を知りたい。

別に誰に言う訳でもないからさ、一切触れないからさ、誰にも対峙していない人間の姿を見てみたい。

私には一生体験できない人生を、疑似でいいから体験させてほしい。

だから、私は、透明人間になりたい。

 

 

ずっと、こんなことを考えてたら、変に脳が現実的になってくる。

透明人間って、生きにくくない?とか脳内の私が言ってきたのだ。

わかる。一番移動が大変だなと思う。

道を歩いていて、人にぶつかったり車にひかれたりなんて日常茶飯事だろうし、電車の席に座ってたら上に人が乗ってくるとかもよくある話。

自転車に乗ったらホラー映像を生み出しちゃうし困ったもんである。

空中に放ったと思ってたパンチが、私の頬にヒットとかもありそうだし、

透明になったって肉体が邪魔で邪魔でしょうがなさそうなのだ。

 

だから、透明人間って大変そうだな。と。

そう思って、透明人間になりたいという妄想は終えました。

肉体を手放して、意識だけを残したら、それは生きてるのか死んでるのか。

それって幽霊だから死んでるんじゃない?え?じゃあ、私って死にたかったの?

うっそー超ポップに死にたがってたわーとか脳内が話を進めたので、

「そうだね、ちょっともっと生きてみようね。」と謎に精神を鼓舞しながら。

 

はぁ、現実ってそう簡単に変わんないないけど、妄想の世界も楽じゃなさそうだ。

 

 

ご注文は「愛」でよろしいですか? 

ご注文は愛でよろしいですか?

 

ありがとうございます。こちら、様々なコースがございまして、どちらのコースにいたしましょう。

 

無償の愛コースで。かしこまりました。

こちらの無償の愛コースなんですけれども、お客様の魅力でのお支払いしか出来ませんのでご了承ください。

そうなんですよ、申し訳ありません。

現金でのお支払いは、不可という風に決まっておりまして。

 

あ、魅力をお持ちでない。頭のてっぺんから、足の先を探しても見つからない…。

さようでございますか。すみません、ご確認させていただきますね。

ああ、確かに見当たらないですね。お忘れになられてることもないですよね。

そうですか、そうなりますと、無償の愛コースのご購入はできませんね。

 

魅力のご購入ですか?そちらは現金でも可能ですよ。

例えば、整形手術を行うことで魅力的なお顔を手に入れる、お顔の魅力コースであったり、ブランド物や高級時計などを身に着けて魅力的な財力を示す、財力の魅力コースであったりなどですね。結構、たくさんございますよ。

 

はい。魅力のご購入。かしこまりました。

一つだけ注意点がございまして、現金で購入された魅力はですね、努力や天賦の才などで得た魅力に比べまして、魅力の質が劣ります。

そうですね、芸術品で例えると贋作といったところですかね。

そのため、現金でご購入された魅力で購入できる無償の愛はとても質が悪いんですよ。

それだけ、ご了承いただければ…。

 

あ、お断りする。かしこまりました。

それでは、無償の愛のご購入はできませんがよろしいですか?

 

他の方法…。一つだけございますよ。

「無償の愛コース、うきうき転生プラン!母親の愛を一身に受ける旅」というプランがございまして。

詳細説明させていただきますと、一度お客様の今の人生を終了していただいて、もう一度生まれ変わってもらって、子供として母親の愛を一身に受けていただこうというプランでございます。

無償の愛は、母親の子に対する愛ともいわれます。それに準じまして、本当に母親の愛を受けていただこうというプランです。

ええ、こちら魅力のお支払いも現金のお支払いもございません。

 

はい。こちらのプランで。すぐに。かしこまりました。

では、いきますね。3,2,1、Let’s 転生!

 

 

「無償の愛コース、うきうき転生プラン!母親の愛を一身に受ける旅」のご購入ありがとうございました。

お客様のお命をもって、お支払いさせていただきました。

この度はご利用ありがとうございます。またのご利用お待ちしております。

ブログ名

ブログを始めるような人間は、ある程度、自意識が過剰な人間であることを私は知っている。

だから、ブログ名とか悩んじゃうのだ。

誰も見てないよと言われても、気になるものは気になる。

 

「(名前)のブログ」なんかにしたらちょっとダサいし、かといって、とても狙った名前にすると少し気持ち悪い。

あ〜どうしよう。悩んじゃうな。

適当でナンセンスな言葉だけど、本当にナンセンスだとダメ。難しすぎる。

 

まず思いついたのは、好きな言葉にする戦法。

私の一番好きな言葉は、「この世の外ならどこへでも」というシャルル・ボードレールの書いた詩の題名だ。フランス語で書くと、「N'importe ou hors du monde」

いや、これ流石に長い。日本語でもフランス語でも長い。てか、フランス語読めないのにフランス語の名前つけるの激ダサいじゃん。却下。

 

次に思いついたのが「南柯之夢」

確か私がまだ厨二病を患ってた頃、見つけて大切にしてた四字熟語。

意味は、「夢全体のこと。また、この世は儚く虚しいものであることのたとえ。」

昔から、眠っている時に見る「夢」の存在が好きだった。(この話は、また別の機会にするかもしれない)

それに、この世が虚しくて儚いことは、常々感じてるから、とても共感できた。

あっ、いいじゃんこれで、短いし。

でも、そのままだと漢字四文字でカッコ悪い。だから、「何かの夢」と「南柯之夢」を引っ掛けて「なんかの夢」にした。

ここで書く文章も、私も、あなたも、この世界も、きっと「なんかの夢」だから、

適当なこと書くけど笑って許して欲しいな、なんて思いつつ。

 

こうやって、命名までの経緯を自分から話しちゃうのとか、ハイパースーパーかっこ悪いことは、重々承知している。

そして、色々考えてつけたっていっちゃうと「いや、あれ適当につけたから(笑)」という言い訳が効かないことも分かってる。えっめっちゃ最悪じゃん。

 

そうか。ブログってそもそも自分の汚さを露わにする場所なのか。(多分違う)

あ、だからあんなに昔のブログ汚かったんだ。ゴミ屋敷やったであれ。

 

この文章を読めば、多分私の考え方の面倒臭さとか自己顕示欲の強さとか感じれたのではと思うけれど。

こうやってツラツラ書き残して見ましょうか。3年後の私。元気ですか?今日もまた私は、黒歴史を全世界に公開してます。