なんかの夢

隙あらば自分語り

三年寝太郎

三年前にこのブログを始めた。

 

ariakesann.hatenablog.com

 

その最後で「3年後の私。元気ですか?今日もまた私は、黒歴史を全世界に公開してます。 」と言っていたので、そのアンサーブログです。

 

元気です。

 

◎文字書きBGM→日食なつこ「エピゴウネ」

8月に入って鬼リピしてる。「エピウゴネ」って打っても出てきた。去年のいつ頃かもずっと聞いていた。私は、同じ曲を飽きるまで何度も何度も聞いて、ある時パタリと聞かなくなる。すべてに対して。

 

そいや、フランス語がちょっとだけわかるようになったから、”N'importe où hors du monde”でもブログ名よかったよ。いや良くはないか。

第二外国語がドイツ語で人間科学部に入ったはずなのに、今の私はなぜかフランス語をやってベルクソンを読んでいて、人は変わろうと思わなくても変わるんだなと思った。

それは、悲しいことのようで救いであって、こんなだらだらと暮らしているのに、私は2018年の私をちゃんと「恥ずかしい」と思えるほどに変わっている。ありがたい。

 

この前、たまたま中学生の頃のブログを発掘して、デジタルタトゥーこえぇ~と言いながらサイトの削除を行った。

そのブログ名にも「夢」が入っていた。

これも「なんかの夢」だし、相変わらずずっと夢の中で生きているような気持ちで、なんも変わんねぇなと思う。こちらもありがたい。

 

私が意識せずとも、私は変化しておりかつ変化していないの、すごくありがたくないですか?ラッキー☆

 

 

 

最近はずっとグラグラで、まともに考えると自分は否定すべきところばかりでどうしようもないので、「まぁでも、それが『私』だからいいのよ」みたいな肯定の仕方をして何とか乗り切っている。

基本的に、そういう根のない肯定をした後は「とはいえ、他者に愛されてぇ~~~」と言いながら泣いてる。

 

どこかで自暴自棄のような諦めのような気持ちがあって、過度に楽観的に人生を見るようになって、お先真っ暗な私にもお先があるのおもろ(笑)みたいな気持ちによくなる。

 

いや、めっちゃ面白いでしょ。

 

でも、急に現実に引き戻されて「院試怖いし辛いしやりたくないな」とか「お先真っ暗なの怖すぎるな」とかいやなことをいっぱい思い出して嫌な気持ちになる。

ずっとそれを繰り返している。

 

「人生どうしようもねぇな」と思っていたのが、大学1,2年生の私だったので、一歩引いて「このよくわからん人生どうなるか楽しみやね」みたいな気持ちを無理にでも引き出せるようになったのは一つ成長なのかもしれない。

 

気休めかもな。

 

 

昔からだけど、コロナ禍で人に会わなくなってさらに、どんどん私は私の中に閉じこもるようになってないですか?大丈夫ですか?というのが最近の悩みです。

本当に、私はずっと私のことを考えているし、いろんなことが自己完結しているし、何より他人と関わるたびにせっせと作り上げたグラグラな自分が一気に崩れてしまって、しんどい気持ちになるのでまずいなと思ってます。

 

他者~!他者と健康的に関わりをもちてぇ~!

 

3年後の私:他者と健康的に関わりを持ちたいと思いながら、真っ暗なお先を楽しみに生きている。

 

 

 

三年寝太郎(さんねんねたろう)

日本の民話の一つ。3年間寝転がってばかりの、一見、ただの怠け者の男が、突然起き出した末に灌漑など大きいことをするという話。

 

三年だったから、三年寝太郎ってつけたけど、三年寝太郎はえらいんやね。

私は、この3年間寝転がってばかりで、これからあと3年ぐらいはまた寝転がるつもりです。