なんかの夢

隙あらば自分語り

マスナガ的マスナガ論~文章編~

自分の言葉や文章構成、思考が大嫌いだ。コンプレックスだ。

昔からコンプレックスだが、それが定期的に肥大化して苦しくなる。そして今、その状態にある。

その言葉へのコンプレックスに関して、自分の言葉で綴る。完全に自殺行為だが、精神を削りながら書いていこうと思う。

ちなみに、「マスナガ的マスナガ論」というタイトルは現時点でとても気に入っている。なんかラーメンズみたいでいいよね。

自分の言葉や文章のことを、大嫌いでなおかつ大好きなので、「それは、自分の文章好きすぎるだけじゃん」みたいな批判はよしてほしい。こんな記事を書く時点で、自己愛でいっぱいなことは明白でしょう。

 

トピックは大きく分けて3つ。

1.自分の書く文章の分析

2.自分の文章の嫌いな点

3.自分の理想の文章像 

 

それでは、本題を書いていこう。

 

1.自分の書く文章の分析

「自分の書く文章の分析」というのは、自分の文章の特徴について紹介するということだ。あくまでも自己分析なので、気づけていないところも多いと思う。

 

特徴は沢山浮かんだ。その中で、特に目立つものを5つをピックアップした。

 

①「~してしまう」の多用。

自分の意見の後に「~と思ってしまった」とか「~してしまった」とよく書いてる。これは、無意識な自衛だ。

私は、基本的に人に嫌われるのが嫌いだ。だから、「〜してしまう」と自分に非があるように書くことで批判されるのを避けているのだ。

※「人に嫌われたくない」の精神は私の書く文章の特徴を捉える上で、肝になる部分です。

 

②「~なのだが」というような前置きをすることが多い。

理由は、伝えなければならない情報の取捨選択が下手だから。「~なのだが」では基本的に伝えたい情報の背景知識を述べることが多いが、必要ないのに書いてしまうことが多々ある。どれが必要でどれが不必要かわからないので、「ありのままあったことを全部伝えるぜ!」みたいなことになっちゃうのだ。

 

③「なんか」や「マジで」「めっちゃ」「本当に」をめっちゃ使う。

本当、なんかわからんけど、めっちゃ使ってしまう。使わないように使わないようにと思ってここまで書いてきたので、ここだけでも使わせてほしい。”マジで”、ツイッターばっかり見てたせいか、”マジで”よく使っちゃうのよ。いかんなぁとは思ってるんだけど、気を抜いて書きやすい文章を書けって言われるとこうなる。「マジで」が一文に二回でてくるとかざらだ。やばいよね~本当。

 

④「~みたいな感じ」や「~という○○」の多用。

これは、私が自分の感情や感覚を上手く一般化し言語ができないせいで、具体例をあげざるを得ないからだと考えている。しょうがないかなとも思っているけれど。

 

 ⑤文章の接続が苦手。それが理由で、このように箇条書き形式で文章を書いている。私の中の接続詞のバリエーションが極端に少ない(「あと」と「そして」と「また」しかない)ので、5つも書きたいことがあるときに接続が上手くいかない。あと、基本的に脳内では箇条書き形式(又は図)で言いたいことが浮かぶので、文章の接続を面倒だと思ってしまう時がある。

 

ここまで書いて気づいたことだが、(この前置きは、最初の方に以下の発見を書かずここに書いてるのには意味がありますよということを人に伝えるためである。多分なくてもいい。)わたしは「断定」をとても嫌っている。自分が発した言葉で、自分がラベリングされたり他者から反感をかったりするのが怖いのだ。人に嫌われたくない故の回りくどさである。

 

2.自分の文章の嫌いな点

一番嫌いな点は、無駄が多いところだ。それは、1での文章の分析を見ても明らかだ。

無駄な語句や無駄な節が多く、回りくどい言い方をしがちであるため、全体的に伝わりにくくぼてっとした文章になる。それが、とても嫌いだ。

昔から端的にまとめることが苦手だった。小学生の時、「この問題わかる人?」と聞かれて元気よく手を挙げ発表したものの、生徒からは「何言ってるかわからない」と言われ、先生からは「ちゃんと考えがまとまってから手を挙げてね」と言われていた。

考えがまとまった時は、人生で一度たりともなかったように思う。流石に言いすぎですね。一度はあると思います。

 

3.自分の理想の文章像

まず、全然関係ないが「文章」には「像」はないのでは?みたいなガチレスはやめてほしい。なんかかっこいいじゃん~と思って付けただけなので。ごめんね。

自分の理想の文章像は、2の真逆「無駄のない文章」である。

いや、それよりも「人に伝わりやすい文章」が理想である。

難しい言葉をたくさん使っているからえらいわけでも、若者言葉を使っているからだめなわけでもない。日本語的に間違った表現でもいいし、正直なところ無駄があってもいい。

それが、伝わりやすくあれば何でもいい。人に染みる文章だったら何でもいい。

私は、そう考えているし、それが理想だ。

自分の文章は対極にある。「まわりくどい表現」に「絶妙にわけわからん語彙」人に伝わりにくく、何言ってるかわからない文章を今まで量産してきた。

 

具体例を挙げると、私は頭脳明晰なギャルみたいな話し方をしたい。

つまり、理想はギャルだ。ギャルになりたいのだ。ギャルのような言葉を使って、ギャルのような文章を書きたい。 

 

【結論】ギャルになりたい。